「神様の恵みをお願いします」
使徒行伝14:19-28
ピート・スカッツェロ牧師は、19歳の時にイエス・キリストを心に迎え、31歳でニューヨークでニューライフ・フェローシップ教会を創設しました。教会は大きく成長し、英語礼拝に600人以上、スペイン語礼拝に200人以上が出席するようになりました。ところが、ある日大きな衝撃を受けます。スペイン語礼拝がわずか50人足らずになっていたのです。副牧師が200人以上の信者を引き連れて別の教会を設立したのでした。
しかし、ピート牧師は動揺を顔にあらわさず、残った信者たちに「神は私たちの罪さえも活用されて働かれる方です。教会がもう一つ増えたので感謝ではありませんか。この中に一緒に出たいと願っている人は、どうぞ私の顔は見ずにその教会に行ってください」と毅然とふるまいました。けれども、心に深い傷を受け、牧師になったことを後悔し、祈りの中で失望と怒りをぶつけました。
私たちの人生にも、家庭も仕事もうまくいっていたのにいきなり試練の中を通されることが必ず起きます。重要なことは、試練に勝利し、試練があなたの姿を以前よりも輝かせるようにすることです。使徒パウロのように。
パウロは、ユダヤ人としてユダヤ社会の中で成功が保証されていた青年でした。しかし、異邦人の使徒として神に召されてからは数えきれないほどの苦しい試練を受けました。彼は自らの人生を次のように語っています。
彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。 ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、 ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、そして、一昼夜、海の上を漂ったこともある。 幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、 労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。(コリント人への第二の手紙11:23-27)
けれども、パウロは数々の試練に打ち勝ち、勝利することができました。その秘訣は何だったのか。そのヒントが次の聖書箇所に記されています。
19 ところが、アンティオキアとイコニオンからユダヤ人たちがやって来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにした。彼らはパウロが死んだものと思って、町の外に引きずり出した。
20 しかし、弟子たちがパウロを囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバとともにデルベに向かった。
21 二人はこの町で福音を宣べ伝え、多くの人々を弟子としてから、リステラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返して、
22 弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めて、「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」と語った。
23 また、彼らのために教会ごとに長老たちを選び、断食して祈った後、彼らをその信じている主にゆだねた。
24 二人はピシディアを通ってパンフィリアに着き、
25 ペルゲでみことばを語ってからアタリアに下り、
26 そこから船出してアンティオキアに帰った。そこは、二人が今回成し終えた働きのために、神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。
27 そこに着くと、彼らは教会の人々を集め、神が自分たちとともに行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。
28 そして二人は、しばらくの間、弟子たちとともに過ごした。
(使徒行伝14:19-28)
26節がその秘訣です。「ゆだねる」とは原文のギリシャ語では「お願いをする」「すべてを信じて託す」という意味になります。アンティオキアの教会では、伝道旅行に出かけるパウロに神の恵みを求める祈りがささげられました。神様、あなたの命令にしたがって伝道の旅に出るパウロとバルナバを、神の恵みにゆだねます、神の恵みをお願いします、恵みをもって彼らを福音の実が結ばれる働きに導いてください! きっとこのような祈りがささげられたでありましょう。
パウロは19節にあるように、石で打たれたこともありましたが、神の恵みですべての試練に勝利しました。彼は神の恵みなしでは生きることをしない人になりました。パウロの言葉です。
しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。(コリント人への第1の手紙15:10)
パウロは自分だけでなく、ほかの人たちをも神の恵みにゆだねました。そして、みことばの中に神の恵みがあり、みことばの恵みが信徒たちを守ることを信じました。
今わたしは、主とその恵みのことばとに、あなたがたをゆだねる。みことばには、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。(使徒行伝20:32)
みなさん自身を神の恵みにゆだねてください。恵みとは、神が私たちにほどこしてくださる全ての御手のわざを言います。恵みは、神が私とともにおられるという確信を与えてくれます。この確信は、試練の中で大きな励ましになります。恵みは、不確実な状況の中でも未来の勝利の確信を与えてくれます。また、恵みは奇跡をもたらします。ですから、いかなる試練を受けても、恵みの中にとどまれば必ず勝利することができます。冒頭で紹介したピート牧師は、苦悩の中で祈った末、自分自身が神の恵みの中にいなかったことに気づいたのだと語っています。そして、教会は再び大きく成長しました。
このように、恵みの中にいるかどうかの違いが勝敗を分けるのです。恵みは、神がともにおられるという喜びを与えます。恵みは、すべてのことに感謝するようにします。恵みは、道がふさがれれば祈るようにします。恵みは、高慢にならないようにします。みなさん、恵みを慕い求めましょう。自分と家族と仕事と未来を、神の恵みにゆだねましましょう。神の恵みの中にいれば、死の絶望の中から希望の光が見えてくるようになります。恵みは苦しい状況に耐え抜く力を与えてくれます。
恵みを分かち合える信仰の仲間も大切です。ともに集まって心合わせて主を礼拝し、受けた恵みを証して、お互いのために神の恵みをお願いする祈りをささげるものになりましょう。
ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである。(マタイによる福音書18:20)
天の御国に至るその日まで、神の恵みの中で、ともに歩んでいきましょう。
以上