古代イスラエル王国は紀元前922年頃、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂しましたが、その後、南王国は紀元前586年に新バビロニア王国に滅ぼされ、多くの住民がバビロンに連れて行かれました。このバビロン捕囚から48年後、ペルシャのクロス王がバビロンを征服し、ユダヤ人に帰還と神殿再建を許可する勅令を発布したのです。突然の知らせに、民たちはどれほど感激したでしょうか。預言者イザヤは、紀元前700年代にこれを先見して次のように預言しました。

慰めよ、慰めよ、わたしの民を。──あなたがたの神は仰せられる──エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その苦役は終わり、その咎は償われている、と。そのすべての罪に代えて、二倍のものを主の手から受けている、と。(イザヤ書40:1-2)

このようにして神は国を失ったご自分の民を慰めました。私たちも人生に疲れる時があり、望みが絶たれてこれは実現不可能だと思うことがあります。しかし、そのようなときこそ私たちキリスト者には希望があります。希望は神に起因するものだからです。可能性が低ければ低いほど、神の領域が広がります。そして神は突然、問題に介入してくださるのです。

バビロンからの帰還は、誰も予測できなかったことでした。異国の地に連れて来られてから多くの歳月が流れ、民たちの世代交代が進み、バビロンで生まれた世代は祖国エルサレムを一度も見たこともなく、帰還する夢は失われつつあったでしょう。ところがある日、クロス王が誰も予想だにできなかった勅令を布告したのです。信じがたいこと、実現不可能に思われたことが突然起きたのです。出エジプトもそうでした。数百年もエジプトで奴隷として暮らしていたイスラエルの民の前に、ある日突然、モーセが登場してエジプトから救い出されました。それもエジプトが弱体化しているときではなく、周辺国を支配して隆盛を極めていたときに、人には不可能と思われることをなされたのです。

最近、私はこのような希望を持つようになりました。交野ベタニヤ教会のリバイバルが、予測しないときに突然、神の御手によってなされると。神様がなさることは誰も知ることができません。神は、神の方法で、神の時になさるからです。私たちは期待して祈るだけです。どうかみなさん、教会のために心をあわせて祈ってください。私たちが知っておくべきことは、人の目には突然に見えても、神は長い間準備しておられるということです。それはバビロンに捕らわれた民のイスラエル帰還と神殿再建がクロス王を通して成し遂げられることを、預言者を通してあらかじめ語られたことからも明らかです。

またクロスについては、『彼はわが牧者、わが目的をことごとくなし遂げる』と言い、エルサレムについては、『ふたたび建てられる』と言い、神殿については、『あなたの基がすえられる』と言う」。(イザヤ書44:28)

主はこう言われる、バビロンで七十年が満ちるならば、わたしはあなたがたを顧み、わたしの約束を果し、あなたがたをこの所に導き帰る。主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。 その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈を聞く。 あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、 わたしはあなたがたに会うと主は言われる。わたしはあなたがたの繁栄を回復し、あなたがたを万国から、すべてわたしがあなたがたを追いやった所から集め、かつ、わたしがあなたがたを捕われ離れさせたそのもとの所に、あなたがたを導き帰ろうと主は言われる。(エレミヤ書29:10-14)

神は準備しながら時を待っておられます。時が来れば必ず恵みの御手が動きます。その時まで、解放を祈っていたイスラエルの民のように、私たちも祈りながら神の時を待つべきです。神様は必ず私たちの祈りに答える方です。私たちが知らない間に神は愛する民のために準備されます。人は目に見えるものに惑わされ、絶望し、嘆き悲しみますが、全能なる神の御手は止まることはなく、突然、私たちの人生に介入してくださり、慰めてくださり、私たちの教会に、家庭に、子供たちに、驚くべきことがなされます。疲れた時こそ神様を見上げ、そして期待しましょう。危機の時こそ神が近くにおられることを信じましょう。

世の人たちは、自分よりも豊かで賢く見えるかもしれません。しかし、私たちには全能の神がおられます。神が介入されます。希望がないと思っていた人生に、突然、力強い御手が伸ばされ不可能が可能となる経験をされることを祈ります。信仰によって持ちましょう。神様はいま準備しておられると信じ、あきらめずに祈り続けましょう。あなたの悩みをそのまま神に伝えてください。そして、必ずその言葉に耳を傾けてくださると信じてください。神の慰めを受ける日、神を証しすることができる日が必ず来るでしょう。神の介入は突然です。私たちがただ涙を流して訴えれば、神は突然人生の問題に介入してこられます。

以上