聖書に、人は地上では旅人であり寄留者(本来住むべき土地を離れて、よその土地に住んでいる人のこと)であるとあります(へブル人への手紙11:13)。人生とは、天国に向かう旅なのです。旅はいつか必ず終わります。あなたは旅が終わって神様に出会う準備、天国に行く準備はできていますか? イエス・キリストが天国に導いてくださると信じますか? アーメンと喜びをもって答える皆さんであることを心から願います。この世界は神によって創られ、私も神の被造物としてこの地上生涯を旅し、やがて永遠の御国に帰っていく、これが私たちキリスト者の人生観であり世界観です。しかし、この世にはこのような人生観・世界観とは異なる方が多くおられます。ルカによる福音書に記された「愚かな金持ちのたとえ」を見てみましょう。
群衆の中のひとりがイエスに言った、「先生、わたしの兄弟に、遺産を分けてくれるようにおっしゃってください」。彼に言われた、「人よ、だれがわたしをあなたがたの裁判人または分配人に立てたのか」。それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。
そこで一つの譬(たとえ)を語られた、
「ある金持の畑が豊作であった。そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして 言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。
すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。(ルカによる福音書12:13-21)
金持ちは成功者、賢い人というイメージがありますが、イエスはこの金持ちを「愚かな者」と言われました。この金持ちの愚かさとは、人生は終わりがあること、命を与えいつか取り去る方がおられることを知らなかったことです。私たちの周りには世渡りがうまく賢い人のように見える人がたくさんいますが、霊的にはまったく愚かな人も多くいるのです。
この話の前段で、イエスに遺産相続の相談を持ち掛けた人にはもう一つ愚かな点がありました。彼はイエスをメシア(救い主)であることを知らず、ラビ(ユダヤ教の指導者)の一人であると考えていたのです。(当時、ラビがこのような個人トラブルを裁く裁判官の役割をしていました。) イエス・キリストは私たちの救い主として来られました。すべての人の罪の身代わりとなって十字架にかかり、流された血潮でその罪を洗い清め、私たちに永遠の命を与えるために来られた神の御子なのです。
妻の親が亡くなった後、実家から妻に電話がかかってきました。残された遺産をどうするかという相談でした。私は親と離れて暮らしていて親の世話をしていないし、たまに行って顔を見て、どこかに一緒に行っても親がすべて出してくれた、私は何もしていないからどう返事しようか。。と言う妻に、それなら一銭ももらう必要はないと私は言いました。そばで見ていた人がもらうべきであり、くれると言うなら感謝していただけばいいが、そうでないならもらう必要はないと。
子どもの頃は、子どもだからケンカもします。しかし、大人になれば、血を分けた兄弟・姉妹への愛、関係がどれだけ大切で心の頼りになるか、お互いが敵対することがどれだけ愚かであるか気づくようになります。たった20万円の遺産問題で、一生、兄弟の関係がくずれた人を私は知っています。譲り合うことが人生をどれほど豊かにするでしょう。所有よりも重要なものがあることを知っているから、心から譲り合うことができるし、兄弟・姉妹への愛を大切にできるのだと思います。クリスチャンであると自負する私たちも所有の奴隷になることがあります。このような脈絡からイエスはこのたとえを語ったのだと思います。
人生において所有が一番と考える人は世界中たくさんいます。彼らは多く所有して満足することを追求します。そしてある日、突然、死を迎えます。私も70歳近くになり、死をよく考えます。ものをたくさん持っていても、それが命を守ってはくれません。どんな人にも死はやってくるのです。
愛する人、家族、親友の最期の瞬間に、あなたは何をしてあげますか。貧しくなく少し豊かな人生を生きたから良かったね、さようならとあいさつすればよいでしょうか? あなたはいい人生を生きたから最後にあなたの好きな音楽でも聞かせてあげましょう。それでいいのでしょうか? いいえ、あなたの大切な親、大切な友人たちに、人生最高のプレゼンを差し上げるべきです。それはイエス・キリストの福音です。彼らが永遠の命に入ることができるように福音を伝えるべきです。
11月には、先に天に召された人たちのために感謝と祈りをささげる召天者祈念礼拝をおこないます。あなたの愛する方たちの中でまだイエス・キリストを知らない人がいるなら、その人のことを真剣に考えてください。そして彼ら彼女らのために祈って下さい。今日から2週間を祈って準備してください。そしてその方々を召天者記念礼拝にお誘いすることができるように祈ってください。永遠の御国に入ることのできるチケットが最高のプレゼントになります。本当にその人を愛するならそうするべきです。どうか2週間、いつもより多く祈って下さい。この秋に、あなたのまわりの大切な方々がイエス様を信じ、救われ、主にある平安の中で生きられるようにと祈られることを心から願っています。
以上