「地上で天国を語る」
マタイによる福音書13:44
イエス・キリストが人々に語られたことの中心は、天国の話でした。ある人々は、天国の話をまるで童話でも聞くのように軽く受け流します。マルコポーロが中国からイタリアに帰国して「東方見聞録」を発表すると、ある友人から「君の本は信じられない。正直に想像の話だと言ってくれ」と言われたそうです。天国の話も多くの人々が信じることができず、本当にあるのだろうかと心の中で思っています。
ある人が「イエスを信じれば、天国に行けることを信じてください」と伝道したとき、「あなたは天国と地獄を見たことがあるのか? ありもしないことを言って人の心を混乱させるな」と言い返されました。そこで「ではイエスを信じないで、地獄に行ってください」と答えると、「なぜそんな気分が悪くなることを言うのか!」と怒り出したそうです。天国も地獄もないと言いながら怒ってしまうのは、どこかおかしな感じもしますが、人は無意識に天国と地獄の存在を心のどこかで信じているのかもしれません。
みなさん、天国はあります。天国の話を真剣に聞き、真理をつかみ取ってください。天国の話をするのにイエスほどふさわしい人はいないでしょう。なぜなら、イエスは天国から来られたからです。どうかイエス・キリストの天国のメッセージを真剣に聞いて下さい。
イエスは私たちを地上から天国に移すために来られました。
「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。わたしが行って、あなたがたに場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです。(ヨハネによる福音書14:1-3)
イエスの救いは、完全なる断絶をもたらします。天国に行くとき、この世で得た富、栄誉、楽しんでいたすべてのものから断絶するからです。それだけでなく、地上で経験したあらゆる苦悩、病からも完全に断絶され、これ以上、痛むことも、悲しむこともなくなります。これがイエス・キリストの救いの力です。救いは、人生を少しずつ良い方向に変化させるのではなく、過去を断ち切り、新しい世界に移します。救われた人の魂は地上から天に引き上げられ神とともに過ごしますが、救われることがなければ永遠に神と断絶します。時が来れば、救われた人は復活の体が与えられ、新しい世界、新しい天と新しい地に入りますが、神と断絶した人は永遠の滅びに進みます。
私たちはまだ地上に生きていますが、すでに天国の住民です。
しかし、わたしたちの国籍は天にある。(ピリピ人への手紙3:20)
ですから、地上から天国を見上げて生きるべきです。イエスご自身が天を見上げるすがたを見せてくれたことがあります。それは5000人の給食の奇跡をされたときです。
そして、群衆に草の上に座るように命じられた。それからイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて神をほめたたえ、パンを裂いて弟子たちにお与えになったので、弟子たちは群衆に配った。(マタイによる福音書14章 19節)
このようにイエスは天を見上げて神をほめたたえてから、5000人にパンと魚を食べさせました。私たちも、いつも天を見上げて人生を歩むべきです。地上にあるものだけに心奪われないように注意し、霊と魂の顔をあげて天を見上げましょう。
このように、あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座しておられるのである。 あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。 (コロサイ人への手紙3:1-2)
イエスは、私たちが地上に生きる間においても天国を練習できるようにされました。天国を経験するのは長く苦しい人生が終わった後ではなく、部分的に地上でも経験できるのです。天国の主人であるイエスが、地上に天国の一部分をもってこられたのです。ですから、天国は神を信じる者の人生に、いま作動しています。肉体の内に天国の恵みが働いています。神の力が働くすべてのところに、すでに天国はのぞんでいます。食べたり飲んだりすることに固執することなく、聖霊による義と平和と喜びを経験して生きること。これが天国を地上で経験することです。
なぜなら、神の国は食べたり飲んだりすることではなく、聖霊による義と平和と喜びだからです。(ローマ人への手紙14:17)
今日の聖書箇所は、イエスが天国について語ったたとえ話の一つで、畑に隠された宝のたとえと呼ばれているものです。
天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。(マタイによる福音書13:44)
このように天国は宝のように貴重なものです。天国を否定したり軽く考えないでください。人生のすべての目的を天国に置きましょう。天国を見上げるとき、良い地上人生をいきられます。新しい家に引っ越す予定の人は、今住んでいる狭く古い家での生活を楽しむことができます。そこの生活が終わることを知っているから、そこでの最後の時間を大切にするのです。天国を所有している人は、苦しいことがあっても忍耐できます。いつか行く天国を見上げながら、地上で天国の祝福を先取りして味わい、感謝と喜びに満ちて、互いに思いやり、いたわりあい、分かち合いながら生きる私たちとなることを切に願います。
以上