信仰とは何でしょうか。信仰とはイエス・キリストを信じて救いを受けて天国に行くこと、それだけでなく、信仰は電気やダイナマイトのような強い力です。信仰を正しく活用すれば、神様の素晴らしいみわざが生活の中にあらわれて、幸せで感謝に満ちた人生を力強く歩むことができます。

信仰は自分で作るものではなく、神様から与えられる賜物です。もし「私には信仰がない」「私は信仰が少ない」と嘆くなら、あるいは「私の信仰は強い」と思いあがるなら、信仰は神様が各人に応じて分け与えてくださった賜物であることを謙虚に受け止めなければなりません。

わたしは、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりびとりに言う。思うべき限度を越えて思いあがることなく、むしろ、神が各自に分け与えられた信仰の量りにしたがって、慎み深く思うべきである。(ローマ人への手紙12:3)

しかし、からし種(実施、1、2ミリ程度の本当に小さな種です)ほどの信仰があればできない事はないと聖書が語っているのですから、私たちは与えられた信仰を、生活の中で正しく活用するべきであります。

するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。 」(マタイによる福音書17:20)

それでは、どのようにして信仰を活用すればよいでしょうか。

1.明確な期待と希望を持つ

信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。(へブル人への手紙11:1)

明確な期待と希望に支えられた祈りはかなえられます。神様に強く期待し、必ず成し遂げてくださると信じる人に、神様は働いてくださいます。ヤコブのように神様にしがみついて強く願う人は祝福されるのです。聖霊を受けたいと願う心があってこそ聖霊の賜物を受けるようになさるのです。逆に、期待もせず望んでもいない人には働かれません。

また、漠然とした祈りもよくありません。お店で「テレビをください」と漠然と注文しても、店員はどんな大きさで、どこのメーカーの、どのような性能の機種を提供してよいかわかりません。これと同じく、漠然とした祈りには神様の御座を動かす力がないのです。ですから、「神様、このような形でいついつまでに答えてください」というような具体的な目標をもって祈り、かつ努力しながら進んでいけば、神様は必ず答えてくださいます。

2.目標を映像化する

その祈りがすでに成就した状態を、心の中に描いて祈るのです。先ほど引用した「信仰とは、望んでいる事がらを確信し」の「確信」という言葉は、ギリシャ語の原文聖書では「実態」「映像」「目にに見える形」という意味の語が用いられています。家を建てるには設計図が必要なように、心の中に望んでいる事をはっきりと描くことが必要なのです。

例えば、健康を求めるなら、健康になって家族とごはんを食べて元気に会話している姿を心に描いて「主よ、このような形で健康を与えて下さい」と祈りましょう。孫がしたいことを喜んでしている姿、友人たちと楽しい学生生活をおくる姿を心に描いて「主よ、このような形で孫を祝福してください」と祈りましょう。そのような信仰で祈れば、イエス様が言われたこの御言葉が成就するのです。

「行きなさい。あなたの信じたとおりになるように」(マタイによる福音書8:13)

3.口で告白する

言葉にして口から発するとき、信仰はより確実なものとなり、信仰どおりに実態があらわれるようになります。否定的な言葉は、絶対に口にしないでください。聖霊のみわざは、口で肯定的に告白するときに働くので、必ず神の時に成し遂げられます。

なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。(ローマ人への手紙10:10)

信仰とは、単純なる心理的な作用でなく、神様からの賜物です。ですから、信仰によって信じて祈ったとおりに超自然的な奇跡が、素晴らしい出来事が、目に見える形であらわれて、まだ見ていない事実を確認することができるのです。そして、それが証しとなるのです。

4.燃える熱い願いで叫び、祈り求める

確信が来るまで、熱く熱く神を呼び求めて祈るべきです。

わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。(エレミヤ書33:3)

そして「もう大丈夫だ」という確信が与えられて心に平安が与えられたなら、その時すでに祈りはかなえられたと信じて感謝してください。

そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。(マルコによる福音書11:24)

祈ってこそ信仰が育ち、答えを受けてこそ信仰の確信が与えられます。

その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈を聞く。あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、わたしはあなたがたに会うと主は言われる。(エレミヤ書29:12-13)

このようにして、信仰を正しく活用すれば、神様の奇跡が創造されます。

悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう。(詩編50:15)

人生は短く、一度きりです。希望をもって積極的に信仰を活用して幸せな人生を生きてください。

求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。(マタイによる福音書7:7)

以上