「はじめとなるように」2026.1.1
出エジプト記12:1-2

ユダヤ暦における1年の最初の月、つまり正月は「アビブの月」と呼ばれています。西洋暦の3月から4月頃にあたりますが、なぜこの時期をユダヤの正月としたのでしょうか。それは、イスラエルの民にとって歴史的な出発点となる出来事があったので、神様がそのように定められたのです。

主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。(出エジプト記12:1-2)

その出来事とは、彼らが奴隷の地エジプトから解放されて自由になった「出エジプト」です。もし出エジプトがなければ、イスラエルは存在していません。出エジプトという大きな恵みからイスラエルの新たな歴史が始まったので、神様は暦をリセットされたのです。

ですから、出エジプトはイスラエルの民にとってのルーツ(根)となる出来事であります。彼らは、出エジプトにおいて、真っ二つに分けられた紅海を渡らせてくださり、昼は雲の柱、夜は火の柱によって導いてくださり、多くの敵を退けてくださった、父なる神様に出会いました。そして、彼らの胸の中には、私たちは神のものとされた民(ペテロの第一の手紙2:9)、私たちは神の子どもである、という信仰的な意識が生まれました。

それで、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。全地はわたしの所有だからである。 あなたがたはわたしに対して祭司の国となり、また聖なる民となるであろう』。これがあなたのイスラエルの人々に語るべき言葉である」。(出エジプト記19:5-6)

私の家族の証しをしたいと思います。私には弟がいます。彼は小学校6年まで字が読めませんでした。計算もまったくできませんでした。私は有名大学の友人に家庭教師を頼みましたが、「こんなバカな子は見たことがない」と言われてしまいました(この友人とは、それ以降一度も会っていません)。母は、そんな弟のために祈り続けました。学校の先生から、何度も支援学級への転向をすすめられましたが、母は障害を持っていると言われた弟を普通学級に通わせました。母は、暑い日も寒い日も弟のために祈りました。母の祈りの言葉で今も私の心に残っているのは、母は神様に弟のことを「この子は、神様の子どもではありませんか!」「この子は、あなたの子どもです。」と、そんな祈りを繰り返していました。そして驚くことに、神様は母の祈りをかなえてくださり、家族でアメリカに渡ったのち、弟は数学のテストで全米1位になったのです。今では、あの字も読めず計算もできなかった子が、アメリカを代表する大企業の役員になっています。

「私は神の子どもです」この信仰的な自己意識を、皆さん一人一人が持たれることを心から願います。また、子どものために祈るときは、ただ「この子を賢くしてください」「この子の病をいやしてください」とだけ祈るのではなく、まず「神様、この子はあなたの子どもです!」と祈ってください。不可能を可能にする神様が、出エジプトのような大きな恵みを与えてくださると信じて祈る親となっていただきたいと思います。そのような自己意識をしっかり持って生きるなら、神様は必ず祝福を与えてくださいます。反対に、それを忘れるなら、神様はさみしく思われるでしょう。

2026年を出発点において、私は神様の子どもです、この子は神様の子どもです、このように告白して一年をスタートしましょう。すべてはそこから始まるのです。それが私たちにとってのアビブの月、すべてのみなさんの新年となるのです。この意識を忘れることなく一年を歩むなら、主の豊かな祝福が一年中あなたの歩みに注がれるでしょう。

以上